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息子の誕生日
今日5月7日は、息子の6歳の誕生日。
まあ大変私事ではありますが、よくここまで育ってくれたなと。 息子は1ヶ月ちょっとの早産で産まれました。 体重は2,400あったものの、産まれてそのまま保育器へ。 待合室で産まれるのを待っていましたが、スピーカーから『おっちゃんさん、お子さんが生まれましたので、分娩室までお越しください』とアナウンス。 分娩室に行くには2つの扉を開けなければいけませんが、1つ目の扉を開けたところまで行くと、2つ目の自動ドアが開き看護士さんが息子を抱いていました。 僕が抱こうとすると『お父さん駄目です。このまま保育器へ入れますので、先生の指示に従ってください』と言って息子をすぐに奥へ連れて行ってしまいました。 僕は看護士さんが何を言っているのか理解できません。 すぐに担当のお医者さんが来て『息子さんは黄疸が出ていますので、そのまま保育器で様子を見ます。まああまりご心配することもありませんので』と言ってそのまま行ってしまいました。 まああまりご心配することもありませんと言われても、黄疸が出てるて何言うてんねん。 とりあえず嫁のところに行ってお疲れさんと声をかけましたが、嫁も息子に会えないのを不安に思っているようでした。 次の日、息子は保育器が並んだ部屋の中。 通路からガラス越しに保育器に入った息子を見ると、鼻から酸素吸入のチューブを入れられ、腕には点滴を打たれ、目は目隠しをされています。 なんでこの子は産まれてすぐにこんなしんどいことをせなあかんのやろ。 涙が出ました。 嫁は中に入れるので、保育器の小さい窓から手を入れて息子に触っていましたが、やはり泣いていました。 嫁は出産から4日後に息子より先に退院。 毎日病院にはガラス越しに息子を見に行っていたのですが、産まれて10日やっと僕も中に入る許可が出ました。 保育器の窓から手を入れて触った息子は、小さいけどあったかくて力強く呼吸をしています。 息子に触ることが出来て、やっと安心したと言うか、また泣いてしまいました。 それでも退院するまで結構な日数を要しました。 嫁は、家で母乳を搾って冷凍し、小さいアイスボックスに入れて毎日病院へ泣きながら届けていました。 今考えれば、泣くほどのことも無かったのかと思いますが、恥ずかしいですが、そのときはちゃんと考えることが出来なかったんでしょうね。 その息子が、今日で6歳。 今では僕に似て育ちすぎ体系(笑 いたって健康、毎日走り回っています。 友達のFさんは、息子が歩いてくると『おっちゃんが来た』と笑います。 これから先、どんな男に育つのか。 倒れても倒れても、立ち上がるような男に育ってほしいものです。 |
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やっちゃいました!
知り合いの日本人の方から『メイドに泥棒されて逃げられちゃったよ』とよくお聞きしていました、僕は『泥棒するチャンスを与えたあなたにも問題はありますよ。チャンスを与えなければ、メイドさんも悪いことをせずにすんだかもしれないでしょ』と言ってきたのですが・・・・・
ことの起こりは、僕が日本へ行っていた2月に、嫁が支払いするお金を4万ペソ鞄に入れておいたらしいです。 シャワーをする前に、お金を数えなおして確かに4万ペソあったとのこと。 オフィスについて、事務の子にお金を渡して確認してもらったところ、3万9千ペソしかない。 何度数えなおしても同じ。 嫁も、そのときいたメイドさんのことは信用していたので、自分の数え間違いだと思い込もうとしたらしいです。 僕に話しても『チャンスを与えたあなたが悪い』と言われるのもわかっていることですから黙っていました。 で、3月のある日のこと。 この日は嫁の財布から500ペソが無くなった。 このとき僕は初めて嫁から1,000ペソがなくなった話も聞きました。 嫁に怒っても仕方ないこと。 2人で話をして『やっぱりチャンスを与えた私たちが悪いんだから、これから気をつけようね』と言うことにはなりましたが、そのままと言うわけにも行きません。 メイドさんと子供たちを集め、最初の1,000ペソと2回目の500ペソの話をしました。 家でこういうことがあるのはすごく嫌なことだけど、今回は泥棒した人は探しません。 だから、もしあなたたちの中に悪いことをしたと思う人がいたら、これでやめないと次は警察を呼びますと話しました。 それから2週間ほどしたある日。 朝、オフィスへ行くのにズボンをはいたところ、後ろポケットの財布の具合がどうもおかしい。 男性の方ならわかると思うのですが、後ろのポケットに入れてるとかたが付いてしまいます。 ですから、自然といつも同じ入れ方をするようになるのですが、そのときは財布が逆になってる。 中身を確認したところ、前の晩飲みに行っていたのですが、家に帰ったときに6,500ペソと細かいお札が財布に残っていたのを確認して寝ました。 財布には4,500ペソと細かいお札だけになっています。 今回のことがあって、もちろん泥棒と言う行為は許せないのですが、根底に貧困と言うことが絡んでいます。 また、生活に困らない仕事があれば、泥棒なんて事はせずに済んだでしょう。 さすがに3回目ですし、家の中で財布を持ち歩くわけにも行きません。 チャンスを与えてしまった僕たちにも落ち度はあると思いますが、メイドさんにはやめてもらいました。 僕と嫁も目覚めが悪いと言うか、なんとも嫌な気分でした。 |
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卒業証明書+
研修生が日本へ行くために、フィリピンの監督官庁であるTESDAからLOR(推薦状)を発行してもらうための提出書類の中に、卒業した学校からの証明書があります。
1、卒業証明書 2、学校長からの証明書 3、成績証明書 4、卒業生名簿 この4点をそろえて、セブ出身者(セブの学校卒業者)ならDEPED(文部省みたいな役所)から、CAV(証明書)を発行してもらいます。 セブ出身者は4点が揃っていれば4日ないし5日で発行されますが、ここはフィリピン、同じ書類を発行してもらうのに、地域が変わるとシステムが変わります。 ミンダナオの場合、学校から4点の書類を出してもらって、カガヤンデオオロのDEPEDに申請すると、その書類がマニラのDFA(外務省みたいな役所)に郵送し、レッドリボンをつけたCAVが発行されます。 日数的にもセブとはだいぶ変わり、カガヤンデオロのDEPEDからマニラのDFAまで約1週間、マニラのDFAでさらに1週間、マニラからセブまで送られてくるのに1週間。 最長で3週間かかってしまいます。 セブのCAVにはレッドリボンは付いていませんが、マニラからのCAVはレッドリボンが付いてる。 これもよくわからない話です(笑 日本人とフィリピン人が結婚する場合、日本で結婚するときにはレッドリボンの付いた書類を要求されます(した)が、レッドリボンがあるとないとでは、フィリピン(外国に対しても)では信用度が違うと言うことなのですが、じゃあなぜセブ発行にはレッドリボンが無くてOKなのか。 理解できません(笑 セブではこうだから他の地域も同じと思い込んでると、大変なことになることもあります。 問い合わせすれば、同じ役所でも人によって答えが代わったりと、ほんまわからん国です(笑 |
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懐かしい声!
3日前、携帯がなり見ると(通知不可)と出ています。
通知不可ということは日本から。 お仕事の関係と思い電話に出ましたが、聞こえてきたのは『よかった〜、電話番号変わってなかってんね、奥さんや子供たちは元気にしてんの〜』 電話をくれた方は、僕が17歳ぐらいでやんちゃなころからお世話になっていた方で、僕にとってはお母さんのような方。 いろんな節目で、なぜか僕はいつもこの方に相談していました。 日本を離れてセブで暮らすことを決めたときも、最後の最後までお世話になった方でした。 セブへきてからも手紙や電話でやり取りをして、4年前に2週間ほど日本へ帰ったときも、嫁と長男と一緒に泊めていただいたりしてお世話になっていました。 3年くらい前に、あること(関係ない人のこと)で僕のほうが連絡をしにくくなり、日本へ行くことが多くなった最近も連絡はしていませんでした。 突然連絡を頂、僕としてはびっくりしたのですが『あのことがあってから、連絡しづらくて』と言うと『あほちゃうか』と一言。 電話をくれたのは勿論ありがたかったのですが、それよりもなによりも元気な声を聞けたのがうれしかったです。 人の縁というものを大事にしなければいけないと、いつも心がけているつもりですが、まだまだ考えや勉強が足らないようです。 今は、セブでもいろんな方に助けられたりしながら生きています。 X1の仲間たちもでき、しんどいながらも楽しく生きてます。 改めて人のご縁のありがたさやあったかさを考えております。 |
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あほか!
だいぶ前に書いたかもわかりませんが、N県S条市からセブへ来る2人の日本人。
かいつまんで言いますと、1人はN県S条市で3代か4代続く会社の社長。 もう一人は腰ぎんちゃく。 この2人、フィリピンに現地法人の立ち上げを考えます。 N県の会社と同名の会社を立ち上げて、日本で作った製品をフィリピンで販売しようと考えた。 いやあ〜た、この時点でアウトだと思うのですが(笑 製品は刃物、包丁やはさみ、工具関係など等。 人件費や材料費の高い日本で製品を作ってフィリピンで売る。 発想が逆ではないでしょうか。 フィリピンには、安いメイドインチャイナやメイドインコリヤンがあふれてんですけど(笑 まあこの2人、飲みに行きたいというから案内すりゃ〜僕のいないところで高いのなんのと文句を言っていたとか。 そりゃ〜女の子に飲め飲めで、それだけでは足りずにテキーラ4本も5本もボトルで下ろし、飲んでた時間が4時間。 1時間いくらの店でそれだけ飲みゃ〜そこそこの金額にはなります。 嘘はつくし、言うことはコロコロ変わるしどうにもこうにも面倒みきれません。 あるときを境にお付き合いをやめたのですが、最近またフィリピンへきだしたらしい。 こちら会社の子が『おっちゃんの会社に遊びに行きますか』と聞いたところ『駄目だよ、おっちゃんに言ったら危ない』 すいませ〜ん、危ないとはどういう意味ですか〜 意味分かんないんですけど〜 僕としては、別にものも言いたくないし会いたくも無い。 彼らがこちらに来ようがそんなことは知ったこっちゃ無い(笑 あきれるというかなんと言うか。 別にこそこそしなくとも、自分に間違いが無いのなら堂々としていればいいだけの話。 多分このブログも見てると思うので一言 え〜オホン 『すいませんが他の方ならともかく、あなたたちの相手をする暇はありません。あなたたちの相手をするくらいなら、子供と遊んでるほうがよっぽど有意義な時間をすごせます』(爆 |
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頭固いねん!
うちの長女14歳(8月で15歳)とただいま格闘中(笑
事の発端は、友達の誕生日パーティーに行きたいと言うので、何時から始まるのと聞いたところ4時から始まるとの事。 6時までに帰ってくるのであれば行ってもいいよと返事。 ところが、娘が家に帰ったのは7時半、僕大激怒。 なぜ娘に怒ったかのか、約束を守らなかった事と危機意識が無いこと。 友達の誕生日パーティーですから、楽しいのもわかりますし、親との約束より友達の方が大事なんて思う年頃です。 僕が長女くらいの年のときに、何をしていたか考えれば偉そうなことを言えたもんでもないのですが(笑 こちらでは夜中(飲んだ帰り)に、よく高校生(日本で言う中学生)くらいの子供が5〜6人くらいで徘徊しているのを見かけます。 何をするでもなく、ウロウロ歩き回っているのですが中には女の子もいます。 こないだもある地域で、11歳の女の子がレイプされて殺される事件があったばかりです。 高校生や大学生のときに妊娠し、学校を辞めて仕事も出来ずに苦労する子が沢山います。 中には妊娠と同時にボーイフレンドに逃げられ(ヒットアンドランとか言うらしいです)て、一人で子供を育てられずに夜働き出す子も多い。 僕は、子供たちがどんな仕事を選ぼうがどこの国で暮らそうが、彼らの自由だとは思っています。 しかし、大学を卒業させるまでは責任があります。 僕に怒られたことで、長女は少しふてくされたようですが、ふてくされるならふてくされればいいこと。 誕生日の1件があってから、長女は外出禁止。 嫁のお母さんは『あのくらいの年頃は仕方ない』みたいな抗議を嫁にしていたみたいですが、僕は聞きません(笑 嫁のお母さんとはいえ親ではないのですから。 嫁は完全に僕に同調。 嫁のお母さんは『そんなうるさいことばっかり言ったら嫌われるよ』みたいな 子供に嫌われる〜、上等ジャン。 子供に嫌われるの気にして親〜やってられるか〜 |
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なんか仕事ないんやろか!
僕のオフィスが入っているビルは交差点の角にあります。
マクタンからオールドブリッジを渡って、マンダウエに入って一つ目の信号を渡った左かどのブルーとグリーンのGrand Arcade Bldgの3階。 外の空気を吸いたくなると、オフィス前の通路から下を眺めています。 このビルの前の交差点で信号待ちになると、モスリムの親子が物乞いに来ます。 親子で時間差攻撃を仕掛けてくるなど、なかなか考えているようです(笑 あるとき、何の気なしにまた通路から下を見ていたのですが、いつものようにモスリムの親子が忙しくしています。 暫く見ていたのですが、あることに気づきました。 それは、動きに無駄が無い。 彼らがターゲットにするのは、ビルの前の交差点をオールドブリッジ方面に信号待ちする車。 当然信号ですから変わりますが、オールドブリッジ向きが赤になると、結構なスピードでターゲットの車に向かって突撃します。 突撃した車がお金をくれないとわかると、次の車にさっさと移動。 信号が変わるとビルのほうに退避します。 信号が変わるたびにその繰り返しです。 あれだけ規則正しい動き(?)が出来るのであれば、なんか仕事が出来るんじゃないかと思います。 まあ仕事の絶対数が足らない国ですから、学校を出ていなければまずいい仕事には就けない国。 仕方ないようにも思いますが、子供でも新聞やミネラルウォーターを一生懸命売って歩く子供もいます。 まあ宗教で人を判断は出来ませんが、親と一緒に排気ガスを吸いながら走り回っている子供を見ると、この子は将来どんな大人になるのかと考えるときがあります。 人にとっての幸せは人それぞれですから、彼らが不幸とは言い切れませんが、間違いなく体には悪いでしょうし、将来仕事にありつけるかどうかも?です。 かたや運転手付きのベンツで学校に通う子もいれば、親と一緒に物乞いする子もいる。 これもこの国の現実なんですよね。 |
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先生固まる!
TISにM先生が来て10日ちょっと。
初めてのセブですから、早く慣れてくれるといいなと思っていたのですが、慣れるどころか先生が固まる出来事が。 それは16日の夜11:30ごろの出来事らしいのですが。 時間的には疲れて寝ている時間らしいのですが、外が少し騒がしいというか、聞きなれない音がして目が覚めたらしいのです。 それも1回や2回ではなく、なんども『パン、パン、パン』と乾いた音が。 先生とっさに考えます『ここはフィリピン、ひょっとしてあの音はピストル、ヒエ〜私は殺されるのか〜』 朝、TISのオフィスで先生がマジ顔で『すいません、昨日夜中によっぽど電話しようかと思ったんです』僕『どうしました』先生『どうも家の前でピストルを撃ってる人がいたみたいで、私は殺されるのかと思い、とても怖かったです』 ピストル?????? 僕『どんな音でした』 先生『乾いたような音で、何回もなってました』 僕『どのくらいの間隔でなってました』 先生『多分10秒間隔くらいです』 僕『花火か爆竹ではないですか』 先生『いや、あれは花火の音とかではないです。光もありましたし』 僕『わかりました、大家さん(弁護士夫婦)に何かあったか聞いてみますね』 先生『お願いします』 嫁に早速大家さんのところに電話をさせて聞いてもらったところ『何にも無いよ、もうすぐマンダウエのフェスタだから花火でもしてたんじゃないの』 まあ先生が心配してるので、近所に聞いてみてくださいとお願いして電話を切りましたが、すぐに返事が来てやはり花火(連続花火)をしてたとの事。 初めてのセブですから、間違えたのも無理は無いでしょうね(笑 こちらの花火は、日本の花火のような綺麗さは無いですが、結構音とかは派手ですから。 まあ今回は花火でしたから問題ありませんでしたが、クリスマスやニューイヤーには大量の花火が上がります、中には酔ってピストルを撃つような馬鹿者もいますので、気をつけたほうがいいです。 先生固まるの巻きでした(笑 |
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第1期生!
今日、TISの第1期生10人が日本へ旅立ちました。
写真はセブへ見送りに行ったときのものです。 ここまで長い道のりでしたが、沢山の方に励ましや助言をいただいて、今日の送出しをできるようになりました。 ありがとうございました。 こんかい研修生たちが向かうのは、広島県の福山市。 セブから国内線でマニラ、マニラから国際線で福岡空港、福岡空港からさらに広島県の福山市まで、到着するのは夜の11時くらいでしょうか。 ついたらクタクタでしょうね(笑 受け入れ先の企業様には、半年に1度のモニタリングでお伺いいたしますので、そのときに研修生たちと再会するのも楽しみです。 嫁は喜びすぎて上の写真の次は こうなっております(笑 現在は2期生の日本語授業も始まっております。 早ければ6月の末あたりか7月のはじめには日本へいけそうです。 皆さん、本当にありがとうございました。 |
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真夏のセブ島!
暑いです。
1年中泳げるセブに季節なんてあるのと思われるでしょうが、若干の季節感見たいなものはあります。 3月から夏が始まって4月がピーク。 5月までは結構暑い日が続きます。 前にも書いたことがあるかもわかりませんが、僕がまだ日本から嫁と一緒にツーリストとしてセブへ遊びに来ていたころのこと。 4月の半ばくらいに遊びに来たのですが、そのときは4回目か5回目のセブでした。 泊まっていたのはガイサノカントリーモールの裏にあるモンテベレオ。 いつもは日本から日焼け止めを持ってきていたのですが、このときは忘れてしまい、買いに行けばいいものを子供たちにせがまれ、そのままホテルのプールへ。 朝からお昼近くまで子供たちと遊んでいました。 昼食を近くのレストランで済ませ、子供たちとホテルへ戻ってお昼寝。 夕方目を覚ましたら肩から背中が痛い。 鏡で見るとマッカッカ(笑 因幡の白兎ならぬセブの育ちすぎ(笑 夜になって熱も出てきましたが、僕にしてみりゃただの日焼け。 1日2日で治るやろ。 甘かったです(泣 3日後日本へ帰りましたが、熱も収まらず痛みも消えないばかりか、肩一面水脹れ状態に。 仕事が忙しかったため、オロナイン軟膏(懐かしい、笑)を縫っていましたが、水脹れが破れ真っ黒なかさぶた状態に。 いよいよ我慢できなくなり病院に行きましたが、医者が一言『あほか、もっと早く見せに来んかい』(口の悪い医者です) 医者に言わせると、日焼けではなく完全にやけど状態だったそうです(笑 病院からもらった塗り薬をつけていましたが、かさぶたが取れて落ち着くまでしばらくかかりました。 最近は、必ず日焼け止めを持っていくようにしていますので、前のようなことはなくなりましたが、頭部の日焼けで頭皮がベロッとむけるようになりました。 これは、髪の毛がすくない(うすい)ためですが、ベロッといったときには結構気持ちよかったりします(笑 旅行者の皆さん、日焼け止め(サンブロック)はわざわざ持ってこなくても、こちらの薬局でも売っています。 海に行かれるときは忘れずにお持ちくださいね。 |
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