まだ決まっておりません!
インターネット上に、フィリピン人技能実習生送出し機関の監督官庁が、TESDAからPOEAに変わり、送出し機関も財団法人から海外人材派遣会社(エージェンシー)に変わったような書き方をしているブログ等がありますが、まだ、労働雇用省(ドール)長官は移行について、書類にサインをいたしておりません。
(移行については、ドールも疑問を持っております)

TISは現在も、TESDAでの送出しが出来るよう、頑張って活動いたしております。
現段階では発表は出来ませんが、一歩一歩前進いたしております。

TISとお付き合いのあるなしにかかわらず、受入れ機関様や受入れ企業様には、もう暫く推移をお見守りください。
現状報告
まいど〜、おっちゃんです。

いろいろな方からご心配のご連絡を頂いております。

ありがとうございます。

途中経過と言いますか、現状をご報告いたします。

現在、TESDA認定の送出し機関が91機関あるのですが、全ての送出し機関がSUSPENDED(中断命令)の状態であり、新規技能実習生の申請が出来ない状態です。
(本日、中断命令の解除に対しての動きがございます)

しかし、TESDAからPOEAへ移行するためには、DOLE(労働雇用省)長官のサインがないと、TESDAからPOEAへ移行することは出来ないのですが、現時点でまだ長官のサインはなされていません。

送出し機関の中には、POEAへの移行をよしとする少数のグループが存在することも事実ですが、大多数はTESDAでの継続を支持しております。

POEAへの移行をよしとするグループは、POEA認定のエージェンシー(海外人材派遣会社)を運営しているところがほとんどです。
(基本的にはTESDAとPOEAにまたがり、エージェンシーと財団を同一人が運営することは、フィリピンでは違法行為に当たります)

TESDAでの継続を支持(TISも支持派です)するグループの動きにより、情勢が以前より少し変わってきました。

TESDAでの継続支持派の活動により、POEAへは移行せず、TESDAで継続する方向へ変わりつつあるように感じております

とは言うものの、そこはフィリピンの役所の事ですから、戻りかけたものだまたひっくり返る可能性も無きにしも非ずで、まだまだ安心も油断(笑)も出来ない状態にあります。

TISとしましては、監督官庁がPOEAに変わりますと、日本の受入れ機関もPOEAに対して金銭(金額等はまだはっきりしません)を支払わなくてはいけなくなりますし、技能実習生の金銭的負担も増えてしまいます。

何とかPOEAへの移行を阻止し、TESDAでの運営再開に向けて努力していこうと考えております。

今しばらく時間はかかると思われますが、いいご報告が出来ますよう頑張ってまいります。
お知らせ2
おっちゃんです。

昨日のPOEAとSO(送出し機関)のオリエンテーションですが、POEAの話はこれまで通りの話で、なんら真新しい話は出てきませんでした。

1、監督官庁はTESDAからPOEAに変わる。
2、既存の財団は送出し業務が出来なくなる。
3、既存の送出し機関が継続する場合は、新規にエージェンシー(海外人材派遣会社)を設立しなければいけない。
4、新規申請の場合、資本金2百万ペソ(うち百万ペソ運転資金として使えますが、百万ペソは保険としてキープしなければいけません)+50万ペソを口座に常時キープ(百五十万ペソがどぶ漬け状態になります)しなければいけない。
5、新規設立エージェンシーは、初年度100人を海外に送り出さなければ、ライセンスは剥奪し、オフィスはクロース。

等などの話ですが、これでは今まで頑張ってきた送出し機関(中には不適切な財団もあると思いますが)は、完全な切り捨てにあい廃業ということになりそうです。
しかし、現状日本にいる研修生・技能実習生につきましては、送出した財団が最後まで責任を持って面倒をみなければいけません。

資金力のある送出し機関は、新規にエージェンシーを立ち上げることも可能でしょうが、ほとんどの財団は対応できないと思います。

では、既存のエージェンシーが円滑な対応が出来るのか、答えはNOだと思います。
就労者の送出しと、技能実習生の送出しとでは、制度・書類・スタイル等全て違いますから、既存のエージェンシーが技能実習制度を理解し、円滑な送出しが出来るようになるまで、相当な時間を要すると思います。

TISとしましては、これまでお付き合いをいただきました、第1次受入れ機関様や受入れ企業様とのお付き合いもありますし、TISから送出した研修生・技能実習生も日本で頑張っております。

そのことを考えますと、何とかして継続をする道を探していきますが、中々道は険しいものと思われます。

しかし、現在もTESDAでの送出しに戻そうと頑張っている財団(TISも同様です)もあります、最後まで望みを持ち頑張りたいと思います。

また変わりがございましたら、お知らせいたします。
お知らせ
まいど、おっちゃんです。

先日、馬刺し君が「緊急事態?!」をアップしましたが、今日、マニラテスダでミーティングがあり、監督官庁がTESDAからPOEAに変わると、最終決定が言い渡されました。

これにより、今後財団法人での技能実習生の送出しは出来なくなります。

TISは、現状日本に研修生・技能実習生がいますので、彼らが全員帰国するまでは、彼らに対して責任がありますので存続しますが、全員フィリピン帰国後、閉鎖になるものと思われます。

今後の見通しについては全く白紙の状態で、今週の木曜日に今後についてのミーティングがマニラでありますので、その結果次第で考えなくてはいけません。

また、ご報告いたします。
緊急事態?!
馬刺しです。

先月末の事です。

TESDA(財団法人を統括している監督官庁)から連絡があり会議があるのでマニラに集合がかかりました。

そして翌日早朝、祝日だったので爆睡しているとアパートの隣の住人がガンガン玄関のドアをたたいて僕の名前を叫んでいた。

何事かと思い下に降りドアを開けると、代表から連絡があって、きょう9時からミーティングがあるとの伝言をたのまれたと言われ、ミーティング??はて?と思い携帯電話の時間を見たら代表から着信とTEXTが入っていた。

全く気付かなかった・・・。

内容は「緊急事態です」と・・・。

9時に事務所に行きミーティング。
話を聞いているとTESDAからPOEAに監督官庁が変わる。
財団では研修生の送り出しはできなくなるので、TESDAから今日までに今現在渡航予定の研修生の書類を提出してくれとのこと。

はぁ?!そんな無茶な!!!!

11月に入国予定ではっきり言って書類を何も作ってないというより作れる状況じゃない。

研修生自体の提出書類がそろってないのに申請書類は作れません・・・。

結局、今日研修生のリストをテスダにメールで送り必要書類は7日以内にとの事になり(それでも厳しい)。

その日は、現状で作れる書類を作成し帰宅!
TESDA!!!!
僕の休みを返せー!

翌日から研修生に連絡し早急に書類を集めるように伝え、TESDAとも連絡を取っているうちに書類受付水曜日までですと・・・。

またまた、はぁ?!
無茶と言うよりここまで来たら無茶苦茶です。

火曜日に一人の研修生のパスポートが発給予定だったので心配事がふえました。
何故なら日本と違い海外では、予定はあくまで予定!
予定がずれたらしょうがない・・・。

よく聞く言葉でpromise is made to be broken….
約束は破るためにある。
みたいな・・・。

そして火曜日、パスポート1名分以外他の書類は準備済みその1人の研修生は朝8時からDFAに行き5時までズット待っていました。
本人は神にも縋る思いだったに違いありません。

当然、パスポートが発給されなかったらTESDAの期日に間に合わず日本に行けるチャンスがなくなってしまうのですから。
DFAにいる間も何回か連絡があり、もう無理です。
申し訳ないのでキャンセルしてください。
と言ってくるくらい彼女は追い込まれていました。

そして案の定パスポートが発給されなかった・・・。
やっぱり、いやな予感とはあたるものです。

DFAに問い合わせると先週からパスポートを作る機械の調子が悪く全ての人の発給が遅れていて今週中にパスポートが発給されるかどうかもわからないとの事。

翌日、書類提出の為代表の奥さんがマニラに飛びました。

その日の午後、パスポートが発給されなかった研修生がパスポート今発給されましたとオフィスに来ました。

神様はいる???

微かな可能性を信じて2パターン書類(彼女を含めた書類と省いた書類)を用意していてよかったです。
早急にTESDAにパスポートNO.とパスポートのコピーを送り何とか受け付けてもらいました。

通常LORを申請したらその日に書類をもらえるのですが、何分フィリピン全土の財団法人が一斉に書類申請しているのでその数500位(もっとかな)はあるのではないでしょうか?

それに付け加えその書類にサインするTESDAのお偉いさんがミーティングの翌日から田舎に帰ってまだ帰ってきてないとの事・・・逃げた?

締切期日が今日と言っておきながらサインする人間がいない?
なんじゃそりゃ?

結局かえってきたのが2日後、何とかLORは発給してもらいました。
後は、日本の在留許可、VISAとフィリピンの出国許可が出ればいいのですが、何とかすんなり行ってほしいです。

結局、今現状もTESDAとPOEAで決着がついていません。
もちろんTESDAのままでないと困るのですがハッキリした情報等も入ってきておらず身動きが取れない状況です。

TESDAはフィリピンの監督官庁でありながら、フィリピン人の事を考えてないのかと疑問に思うくらいです。

万が一にもPOEAになった場合、初めの3〜4ヵ月はフィリピン人を送り出しできなくなってしまう可能性やその他の問題が次々に出てくると思われます。

フィリピン共和国にとってはマイナスになることの方が多いと僕は思います。
何を考えているのでしょうかフィリピン政府は・・・。

この姿勢がいまだ発展途上国である由縁なのでしょうか・・・?
ご無沙汰しております
馬刺しです。

最近、研修制度の法改正があり書類作成や制度を理解するのに四苦八苦しています。

フィリピンでの監督官庁に電話して提出書類のひな型と必要書類の一覧をほしいといっても監督官庁が持っていない・・・。

疑問なところがあり質問しても。
わからない・・・。
凄い国ですフィリピンは!

話は、変わりますが先週日曜日、フィリピンセブ在住日韓戦を行いました。

今回は、協力スケット!
なんと平安高校元野球部コンビ!
あの名門平安です!

試合開始前から日本チーム既に勝った同然の雰囲気。

結果6−5!!!!   

負けました・・・

平安コンビ守備は凄かった!
守備は・・・。

硬式と軟式は違いますからね。
そう言うことにしておきましょ。
ちなみに韓国チームは毎週練習しているみたいで、日本チームはブッツケ本番一発勝負・・・。

いつも一点差はその差ですかね?

でもそれでも一点差は凄い。
年齢的にも!

そして、もう1つの代表 サッカーワールドカップ!
岡ちゃんやりました。

あのカメールンに1−0の勝利!

セブ日本勝手に代表も次回は勝ちにいきますよー!
日本語教師としての喜び
こんにちは、Eです。

新しい研修生へのクラスが始まりました。
まずは挨拶、そして平仮名・カタカナ・・・と教えていく訳ですが、研修生にとって始めの約3週間は大変だと思います。

僕達は本当に日本語が喋れるようになるんだろうか、と。

出来るだけ楽しい授業が出来るように心がけていますが、始めのうちはどうしても詰め込み式です。平仮名・カタカナ・語彙を声に出してひたすら書き覚えるしかない。

心を鬼にし、宿題もたんまり出した上で、
「どの研修生もやっている事です。みんな頑張って!」
と言う私。

そんな彼らも文法・会話練習に入り、先日ふと我に返った様子で、
「先生、今僕達日本語を喋っています!!」
と目をキラキラさせながら言いました。

勿論この文は英語でしたが・・・

ちょうど同じ頃、先月日本へ旅立った6人について受入れ企業の方から感想を頂きました。
日本語が上手でびっくりしたと。
嬉しかったです。

私が日本語を教える事によって喜んでくれている人がいて、その日本語を使って日本で生活していくという事を考えたら責任重大ですが、とてもやり甲斐のある仕事だということを改めて実感しました。
こんにちは、Eです。
先日プラスチック成形の研修生6人が日本へと旅立ちました。

早朝から夕方まで仕事をし、夕方から夜までTISで日本語のクラスを受け、その合間に私から出された宿題をやり、日曜日も休まず働き・・・という生活を頑張って続けてくれました。

毎日皆疲れているはずなのに積極的に日本語の授業を受けてくれ、逆にこちらの方がパワーをもらっていた気がします。

出発当日、TISの皆で彼らを空港まで見送りに行きました。
たくさんの家族も見送りにきていました。それもそのはずです。
最低でも1年、長くて3年会えなくなってしまいます。

一人の研修生は先月結婚したばかり、奥さんは妊娠7ヶ月。
赤ちゃんが生まれた時彼は近くに居れません。
2人目が出来た時にずっと傍にいてあげられるからいい、と笑いながら話してくれた事がありましたが、実際彼の心境は複雑だったはずです。

「先生、僕には年の離れた弟がいてまだ9歳です。
可愛いくて仕方がないです。僕の宝物です。」
と聞いていた彼もお母さんと一緒に見送りに来ていました。
「お兄ちゃん、行かないで、行かないで・・・」
と必死に止めるもお兄ちゃんは行かなければなりません。
それを止めているお母さんも辛そうでした。

また別の研修生は、お母さんが病気がちでしょっちゅう病院へ連れて行かないといけない。
それを理由に授業を休んだ事もありました。
そのお母さんから涙を拭うように渡されたハンカチとお母さんの手を握り締めて号泣している彼の姿は心打たれるものがありました。

彼らは先にマニラへ行き、TESDA(監督官庁)へ行ってから日本へ行きました。
マニラから連絡をくれた彼らは、さっそく初めて乗った飛行機に感動、初めて乗った電車に感動、ご飯が高いことにビックリ、だったようです。

これからの日本での生活、決して楽しい事ばかりではないと思います。
辛い事が合っても、どんなに寂しくなっても6人で協力し合いながら笑顔で頑張っていって欲しいです。

あの6人なら出来るはずです。

Eでした。
お帰り!
まいど、おっちゃんです。

先月16日、TISから送出した1期生研修生9名の内8名が2年の研修・実習を終えて帰国しました。
1名は半年期間が延びたので10月に帰国します。
(造船所での溶接)

この1期生を送りだすときはTISも手探り状態で、いろいろけつまずきながらの送出しでした。

帰ってきた研修生がTISに顔を出してくれましたが、2年前とは大違い。

日本へ行く時には不安な顔をしていたのですが、皆大人になっていい顔してました。

フィリピンとは全く異なる職場環境の中で、ホームシックもあったでしょうし、時には仕事のしんどさにくじけそうになったこともあったと思います。

しかし、一人の脱落者も出すことなく元気に帰ってきてくれました。

この8人(残った1人もそうですが)、全員がセブに家を買ったとのこと。
(僕は未だに借家住まい、笑)

彼らの努力の賜物です。

2年間お疲れ様でした。
この経験をこれらの人生に生かしていただきたいと思います。


ほんとにお疲れ様でした。

こんにちは、Eです。
フィリピン人は友達作りがとても上手です。

ジプニーに乗っていても赤の他人同士が普通に話し始めたり、小さなショップのレジで世間話を始めたり・・・

日本人同士の場合、どこか海外旅行へ行った日本人が現地で他の日本人と会っても挨拶すらせず、というのも珍しい事ではないと思います。

日本語の授業にもだいぶ慣れ、休み時間には教室から大きな笑い声が聞こえてきます。

最近判明した事ですが、現在日本語を勉強している研修生達の中でこっそりあだ名を付け合っていたんです。

まず、クラス内で一番若い二十歳の男の子のあだ名が「ハタチ」。
以前助数詞の勉強をした時、日本語で年齢を言う時二十歳だけは特別で「ニジュッサイ」ではなく「ハタチ」と言う事を教えました。

その時に二十歳の彼をとても羨ましがっていた私の反応と、特別というのが気に入ったらしく、どうもその後から彼のあだ名はハタチになったようです。

次に、「つ」の発音が一番苦手な男の子のあだ名が「ツー」。
もともとフィリピン人にとって「つ」はとても言いにくく、「チュ」になってしまいます。

彼に限っては私に授業中何回も何回も練習させられて「つ」を言う宿題まで出されて、休み時間に彼自身も友達と練習を重ねていました。
そのような事もあり、彼のあだ名は「ツー」に・・・

こうして研修生同士の絆も深まっていっているのかと思っています。

常夏のセブも最近は1年の中で1番暑い時期らしく、昼間は少し外を歩いただけでも汗だくです。

室内はエアコンが効いている所が多く、温度差で体調を崩しがちです。

体調管理をしっかりしながらこれからもより良い日本語の授業が出来たらいいな、と思います。


Eでした。
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